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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(あ)1203号 判決 1971年11月16日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意のうち、第一の判例違反をいう点の所論昭和一三年三月七日大審院判決は、禁止漁具による採捕に関するもので、水産資源保護法二五条の採捕の意義が問題となっている本件とは事案を異にし、本件に適切ではないから、右判例違反の主張は、同第二の法令違反の主張とともに、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

判例違反をいう点のその余の所論各判例は、控訴裁判所たる高等裁判所の判例であるが、その示している法律判断については、未だ当裁判所の判例がない(昭和二八年七月三一日第二小法廷判決、刑集七巻七号一六六六頁、および昭和二九年三月四日第一小法廷決定、刑集八巻三号二二八頁は、有毒物又は爆発物を使用して水産動植物を採捕することを禁止した昭和二六年法律第三一三号による改正前の漁業法七〇条、六八条、六九条に関するもので、所論高等裁判所の各判例とは事案を異にするものである。)ので、所論の高等裁判所の判例についてみると、所論各判例は、水産資源保護法二五条にいう「採捕」の意義に関し、いずれも、採捕行為を指称する旨判示しているものであり、原判決は、所論のように、これら高等裁判所の各判例と相反する判断をしているものであるから、所論判例違反の主張は、その限度において、刑訴法四〇五条三号の上告適法の理由にあたるものである。

水産資源保護法は、元来、「水産資源の保護培養を図り、且つ、その効果を将来にわたって維持することにより、漁業の発展に寄与すること」を目的とするものであり、同法第二章第三節にさく河魚類の保護培養の項を設け、同法二〇条は、さく河魚類のうち、さけおよびますの増殖を図るため、人工ふ化放流につき定め、同法二二条ないし二四条には、さく河魚類の通路を保護する規定を置き、さけおよびますをして内水面を無事さく上させ、自然の産卵繁殖をはかるほか、人工ふ化放流によるさけおよびますの増殖を国の事業としており、同法二五条は、再生産を確保することなくさけを捕えることによる水産資源の枯渇を防止するため、同条但書の免許又は許可に基づいて採捕する場合を除き、内水面における、さく河魚類のうちさけの採捕を禁止している。

さけがさく河するのは、産卵を目的とし、産卵に適するまでに成長したさけが、その生れた河川に回帰するものであるが、さく河にあたり、さけは群をなして、やゝ密度の高い状態で上流に向って移動し、自然の産卵適合場所あるいは人工ふ化用の親鮭捕獲装置設置場所に近づくにつれて、更に密度を増すもので、さけの密度の高い場所では、本件被告人の所為(親鮭捕獲用建網設置場所から約二八〇〇米下流での所為)のように、俗にひっかけ針と称する仕掛けをつけたつり竿を使用し、おもりの遠心力によってひっかけ針を河中に投げ込み手許に引き寄せる方法でも、さけを捕獲することが充分可能となりうる。ひっかけ針で捕獲された場合、さけの再生産が不可能になることは当然であるが、ひっかけ針の投げ込み、引き寄せが、さけを脅かし、傷つける可能性のあることは容易に推認しうるところであり、さけの捕獲に至らない場合でも、ひっかけ針の投げ込み、引き寄せの所為により、さけの再生産が阻害される弊害がないとはいえないのであるから、水産資源保護法二五条にいう「採捕」というのは、現実の捕獲のみに限らず、さけを捕獲する目的でした俗にいうひっかけ針を使用する採捕行為をも含むものと解釈することが、同法二五条の立法趣旨に合致するものといわなければならない。

しかるに、原判決は、同法二五条にいう採捕の意義を、広く採捕行為であると拡張解釈すべき格別の必要性や相当生を認めることができないと判示し、本件被告人の所為を同法二五条の採捕にあたらないとし、同法三七条四号の罪の成立を否定して、被告人を無罪とした本件第一審判決を是認している。

してみれば、原判決は、同法二五条、三七条四号の解釈適用を誤り、所論高等裁判所の各判例と相反する判断をしているものであり、本件原判決を維持するのは相当でないから、所論判例違反の論旨は、この限度において理由がある。

よって刑訴法四一〇条一項本文、四一三条本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 関根小郷)

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